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『ブッダのことば』

2009.11.18 *Wed
11月始めから2週間以上かけて読む。
スッタニパータは数年ぶりに全編を通して読むけれど、こんなに時間をかけて読んだのは初めて。
やっぱり、経典類というのは速く読めばいいってものではないな。

おもしろいのは、何回読んでも同じ箇所が心に残ることもあるし、その時々によって心に響いてくる箇所もある。
人間というのは変化し続けている証拠だ。

スッタニパータは最初期の経典と言われていますが、別に仏教徒だからと言って必ず読まなければならないわけではありません。
そもそも、仏教には【絶対経典】というのは存在しません。
これは、大いなる智慧と言えるでしょう。

日本で普通に生活しているならば触れることもないスッタニパータですが、たとえお念仏を生きるとしても、一度読んでみると参考になることはあるんじゃないかなぁと思います。

私は最初読んだ時衝撃を受けました。目からウロコがボロボロと落ちました。

仏教というのは本来、全肯定と全否定を内包している…と私は常々感じているんですが、スッタニパータを読んでいるとやっぱりそう思います。
あと、仏教のメタ宗教としての可能性もすごく感じる。


いかなる生物生類であっても、怯えているものでも強剛なものでも、悉く、長いものでも、大きなものでも、中くらいのものでも、短いものでも、微細なものでも、粗大なものでも、目に見えるものでも、見えないものでも、遠くに住むものでも、近くに住むものでも、すでに生まれたものでも、これから生まれようと欲するものでも、一切の生きとし生けるものは、幸せであれ。(146~147)

初めて↑の言葉に触れた時、私の心はものすごく満たされました。
ここには、選民思想や、「○○を信じなければ地獄生き」という価値の入る隙間はありません。
一神教は縦の関係ですが、仏教は横の関係ですよね。
同じ苦しみを持った生命に対する憐れみ。
重要なのは、”同じ”ということです。(ここの部分に関しては思い入れがあるのでまた別の機会に)


スッタニパータで重要と思われることの1つに、『犀の角』があるんですが、ここを読むと、やはり原始仏教には厳しさとタフさが要求されている部分があるなぁと感じます。
文章の最後に『~ただ独り歩め。』とついています。
私は心地よいと感じるところなんですが…。

坐禅をする人にとってよい言葉が。

独坐と禅定を捨てることなく、諸々のことがらについて常に理法に従って行い、諸々の生存には患いのあることを確かに知って、犀の角のようにただ独り歩め。

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本の感想等を書いてます。
好奇心旺盛なので、興味がわくとあっちゃこっちゃの扉を叩きます。でも、熱しやすく冷めやすいかも(汗)

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●書物に関する記事は、旧ブログからのサルベージもあります。



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