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『仏教ではこう考える』

2009.11.16 *Mon
最近ちょっと注目の釈徹宗さんの一般向け仏教入門書。

言葉が平易で読みやすく、ちょっと笑えるユーモアのある文章なので仏教の素養のない人でも楽しく読めると思います。
ご自身は浄土真宗のお坊さんですが、おそらくかなり広範囲に勉強されてきたのでしょう。
ご自身の立場を明確に表明しつつも、広い視野に立っての考えもきちんと書かれているので、あまり宗教臭くないというか。
でもしっかり仏教の本質的なところの一端は書かれているような。

いずれにしても、死後の問題、霊の問題、ほんとうは「どちらでもいい」のです(うわぁ、さすが仏教!他宗教の人が聞いたらひっくり返るぞ)。

という具合に。


そして、何らかの勉強なり修行なりをしている人間にとっても重要なことが。

とにかく、自分の体験にこだわったり、特殊であると思いたがってはいけません。たしかに体験は、論理や知識や情報よりずっとリアルです。体験にくらべたら教義体系や価値観などはいかにも共同幻想です。しかし、伝統宗教の場合は、教義体系や価値体系によって、体験を検証するようにできているのです。ですから、宗教の副作用を避けるためにも、制度的・体系的な宗教を学ぶことは必要です。
有名なイスラム歴史学者イブン・ハルドゥーンは以下のように言っています。
「ある程度伝統的な制度宗教に通じていないと、民間・土俗宗教の毒を避けられない」


体験ってものすごく強烈です。
ただ知識があるより、体験したことの方がよりリアルだと思うのは誰しも同じでしょう。
だからこそそこには危険がある。
体験を絶対視し、絶対の優位性を与える。
体験に執着してしまう。

体験を通し、「自分は知った」「自分は見た」「自分は理解した」
「この体験をしていない者にはわからないだろう」

優越感というのは、甘い毒のように心身を蝕みます。
傲慢さや思い上がりというのは、気づかぬうちにいつも心に巣食うのです。


私は、同世代の平均的な日本人よりはちょっとおもしろい経験を多少はしてきたと思います。(私の経歴を知っている友人たちは、確かに私のことを『変なやつ!』と思うと思います)

でもだからこそ、体験主義の傲慢さに陥りやすく、勘違いしやすい危うさがあると自覚しています。
馬鹿ほど調子に乗りやすいんです。

体験…ついでに知識も、屁ぐらいに思っておいた方がちょうどいいのかもしれません。

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月子

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本の感想等を書いてます。
好奇心旺盛なので、興味がわくとあっちゃこっちゃの扉を叩きます。でも、熱しやすく冷めやすいかも(汗)

●引用文には下線_か囲み線□をつけています。
●書物に関する記事は、旧ブログからのサルベージもあります。



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