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『エーゲ―永遠回帰の海』

2009.12.19 *Sat
立花氏の20年以上前のギリシャ・トルコ取材を、美しい写真と文章で構成した本です。
写真も綺麗なんですが、立花氏の文章はほんとに心地よかったです。
真冬の寒さに身体が冷め切っている時に、温かい紅茶を飲んでその温かさが身体全体にじんわり広がっていくような…そんなゆるやかな心地よさを感じる文章でした。
彼の思考の流れを追体験するみたいな。

「記録された歴史などというものは、記録されなかった現実の総体にくらべたら、宇宙の総体と比較した針先ほどに微小なものだろう。宇宙の大部分が虚無の中に呑みこまれてあるように、歴史の大部分もまた虚無の中に呑みこまれてある」


これを読んで、古代インドの人々のことを思い出しました。
彼らの世界観がものすごく壮大だった為に、あえて歴史を記録する慣習がなかったという。
宇宙の時の流れの中で、刹那である私達の微小な出来事なんて、記録しても無駄だって知っていたから…。

「地中海世界にかぎらず、インドでも、中国でも、日本でも、どこでも事情は同じである。
新しき神が旧き神を殺しつくすということはない。
もともと死すべき肉体を持たぬ神々である。神々はしぶとく生きのびる能力を持っている。」
殺しても殺しつくすことはできない。旧き神々は死んだと見えても必ず姿を変えて生き残っていくのである。」


一神教の宗教では認めたがらないけど、客観的に見ても動かしがたい真実。
滅ぼされたかに見えても、後から成立した宗教へ必ず影響を与えてる。その中で、ひっそりと存在感を示したりもする。

アトス半島の修道院滞在記が興味深かったです。
ここは女性は立ち入り禁止なので、私には絶対に直接訪れるチャンスがないですから。
質素な食事とかいい感じですね。

第3章の、「聖なる神と性なる神」は、よく取り上げられるテーマだとは思うのですが、やはりおもしろかったです。
女性性が崇敬の対象となっていた古代は、性はもっとおおらかに、もっと聖なるもととして捉えられていたのに、父性的一神教になると、なぜか禁忌となってしまう不思議。

神々について、人間について、歴史について、立花氏の思索活動の一端を垣間見れる本となっています。
(以上 2006年8月9日の記事を加筆修正)
■■■
(以下 本日追記)
ある種の男性たちからは絶大な人気を誇る立花さん。
もちろんそれ故に、また扱う分野が広すぎて批判を浴びることもしばしばですが、私は十代の頃から大ファンです。
女性ファンはあんまりいなさそうだけど、私は万が一街中で遭遇することがあったら、確実にサインがほしいくらい大ファンです。
立花さんのオタクっぽい容貌もしゃべり方も大好き!!!(笑)
彼は数年前に癌を患い、先日そのことについてのドキュメンタリーを途中から見ましたが、大変素晴らしい内容でした。
ますますファンになりました。
彼は、自分の身にまさに起こっている病気、癌でさえも研究対象で、「知ること」をやめないどころか益々深いところへいってる。
きっと最期の時まで「知ること、考えること、伝えること」をやめないんだと思う。
私の人生のテーマにして唯一の目的、唯一の安らぎである「知ること、考えること」の大先輩です。
勝手に師匠と思ってます。
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月子

名前:月子
本の感想等を書いてます。
好奇心旺盛なので、興味がわくとあっちゃこっちゃの扉を叩きます。でも、熱しやすく冷めやすいかも(汗)

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●書物に関する記事は、旧ブログからのサルベージもあります。



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