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シク教

2011.05.13 *Fri
突如としてシク教熱が盛り上がり、シク教について色々調べてみた。
でも、そもそも日本語で書かれたシク教関連の本って少ないー。
参考にしたのはこの2冊。



なぜこの2冊にしたかというと、本屋にはこの2冊しかなかったから(汗)
…で、読んでみて更に興味がわいたので、神戸にあるシク教寺院『グル・ナーナク・ダルバール』に行ってみた。
本当はあらかじめ電話して見学の予約をしたかったんだけど、どこにも電話番号が出てなかったので、仕方なく当日いきなり突撃。
寺院には日本語を話せないインド人しかおらず、日本語を話せるらしい人に電話してくれて、その人に色々教えてもらうことになる。
ちなみに、寺院にいたインド人はちゃんとターバンを巻いててちょっと感動(笑)
最近はターバンを巻かないシク教徒も多いとか。

翌日その人と電話で話、シク教の核心部分と言える教えを聞いた(というより、その人が勝手にしゃべりだした…笑)
全体の印象としては、寛容でどちらかと言えばスピ系の雰囲気。
新しい宗教なので、既存の宗教の欠点をうまく補正してるような印象。
例えば、他宗教を排除しない。
シク教聖典にはヒンズー教やイスラーム、仏教のことも書かれているらしい。
(この聖典は英語訳はあるそうだけど日本語訳完全版がないので、英語が読めないと確認不可)

あと、例えば、
「人がよいことをしようとしている時、それは宗教です」
というような言い方を何度もされた。
これは、シク教徒であるという前提がなく、どんな立場の人の善行も宗教的行動として、シク教は受け入れるという感じ。
シク教への改宗が必要という立場ではなくて、それぞれがそれぞれの立場で勤め励むことが宗教性である…みたいな。
この辺りは、シャハーダが絶対であるイスラームとは違う感じ。

両親を敬い大切にすること、相互扶助については殊更強調されていたので、この辺はシク教としてはものすごく大切なことなんだろうと思う。
どんな身分でも一緒に食事をすることが大切というのも、ヒンズー教に対する痛切な批判とも思えなくもない。


ユダヤ教や神道ほどは民族宗教ではないけど、かといってものすごく布教するわけでもなく、シク教徒になることを絶対視しないので、かなりゆるやか~~~~~なイスラーム+ヒンズー+スピ系という感じかな。
日本人のシク教徒もいるみたい(結婚がきっかけが主?)で、日曜日の礼拝後のご飯を作っているのは日本人女性とのことです。

201105051211000.jpg
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一超直入如来地

2010.01.12 *Tue
今日は坐禅会の後に正法眼蔵の講義がありました。
坐禅会に行く前に、ちょうど維摩経(すごい!一発変換できた)に関する本を読んでいて、自分の中で色々疑問に思っていたことや不安なことや迷いや、その他諸々の思い患いが、ちょうど春を迎えると雪解けがあるように、私の中でも溶けていきました。
でも、その後ちょっとしたことでまた落ち込んだんですが、講義のおかげで復活しました。
(私の精神活動はものすごく忙しい…笑)

維摩経で心惹かれたところと、講義で話された『一超直入如来地』が、私の中でつながりました。
点と点が線でつながれて、また一つ大きな学びをさせていただきました。
講師の先生は色々なことを話されましたが、要約するとこの意味は、「坐禅をした段階で直ぐに如来になる」ということです。

ここ数日、私の中にあった疑問や不安とは、簡単にいうと、
「特別な修行や状況でしか得られず、またその状況に耐えうる肉体と精神を持った人間しか得られない境地とはなんぞや?そんなものを目指す意味があるのか?」
ということです。
そういう心理状態にありましたので、『一超直入如来地』のことを聞いた時は、感動のあまり泣きました(声を出さずに…)涙と鼻水でえらいことになりました(笑)
一般人は、日常生活のわずかな時間を使って坐禅をします。
だけど、そんなに簡単に所謂禅定、或いは無の境地などというものに入れるはずもなく、次々と想いが浮かんできます。

曹洞宗の坐禅は悟りを目指しません。
悟りを、ただの心理活動ととらえ、その心理活動というのは表情にすぎないということでした。
確かに、森の中で長く瞑想すれば、それなりの心理状態になり、それは悟りと言われるものかもしれません。
僧堂で、ものすごく厳しい修行をすれば、やはりそれもそれなりの心理状態になるかもしれません。
だけど、そんな特別の状況でしか得られないようなものは、本当に価値があるのでしょうか。

坐禅とは、手段や技術ではない。
悟りとは、生命活動そのもの。


なんだかとりとめもなく書いてしまいましたが、忘れないうちに書いておきます。
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知恵の女神

2010.01.05 *Tue
日本にも学問の神様はおられど、私にとって『学問・知恵の神様』と言えばギリシャ神話の女神アテナ!
これは小学生の時からで、当時流行ってた『聖闘士星矢』の影響。
当時は図書館に通って片っ端からギリシャ神話の本を読み漁っていました。
『知恵』と『戦い』が一柱の神様の属性っていうのがおもしろい。
「知ること」が私の人生のテーマになってから、アテナは特別な存在。

アテナはほんとずっと大好きだったので、いつかフィギアがほしいと思っていました。
でも、『聖闘士星矢』のアテナは微妙に性格が悪かったせいかなかなか大きいサイズでフィギア化されず…。
(セイントたちのフィギアはいっぱいあるのに)
それが、数年前にようやくそこそこ素晴らしい造形のフィギアが発売され、私は発売日にわざわざヨドバシカメラに行き、1体1体色の塗り具合を確かめて購入しましたよ~~(笑)
もう、オタク魂炸裂だわ。
41wnyvsYpZL__SS400_.jpg
もったいなさすぎて箱から出せなかったけど、やっぱりちゃんと飾るために出そうかな。悩み中。
でも、(男性)オタク向けに作られているせいか、造形が妙にセクシー過ぎなんですよ(笑)
けっこうボディラインがくっきり出てるし(汗)
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学び

2009.12.23 *Wed
来年は、口から字が出るくらい学び倒そうと思っているんですが、まだ学校が決まっていません。

坐禅会の後の飲み会?で、住職さんに相談したら、東京国際仏教塾より佛大通信の方がいいんじゃないかと言われました。

関西だと、大学の全日制に入学する以外では、佛大通信か四天王寺大学の市民講座しか学問としての仏教が学べません。

もちろん独学だといくらでも勉強できますが、やはり教育機関でも学びたい。
でも、いくら通信教育部と言ってもそこそこお金はかかるので迷います。
それに、佛大通信だと、あの過酷なスクーリングをまたいくつも受けなきゃいけないのかと思うと泣けてくる…。
授業は大好きだけど、通うのがすごく大変。ヘルニアを患った身としては、乗り越えられるか自信がない…。
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接心終了

2009.12.09 *Wed
昨日はお釈迦様がお悟りになられた記念日。
そして接心も無事終了しました。
初心通り、8日間すべて参禅することができました。
前日の坐禅後のお茶会の時、
「明日は坐禅2回するから」
と言われ、茶を吹きそうになった私ですが(笑)、なんとか2回とも乗り越えることができました。(気合いと根性で)
ほんと腰痛持ちには坐禅は色々戦いです。

坐禅後には数人で飲みながら(私はお水)おしゃべりして楽しかったな。
皆お酒が入ると饒舌饒舌(笑)
ご住職様ご自慢の書庫も見せていただいたし。
これから経典など借りられるから嬉しい~!
私、けっこう自分は(年齢の割に)本をたくさん持っていて、わりと色んな分野を読んでいると思っていたけど、ご住職様の比じゃないわ(汗)


帰宅後に、お釈迦様にスジャータが乳粥を供養したことにちなみ、牛乳たっぷりのキャラメル味紅茶を飲みました。
(ちなみに、茶葉は心斎橋で無料で配っていたリプトン)
200912082334000.jpg
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プロフィール

月子

名前:月子
本の感想等を書いてます。
好奇心旺盛なので、興味がわくとあっちゃこっちゃの扉を叩きます。でも、熱しやすく冷めやすいかも(汗)

●引用文には下線_か囲み線□をつけています。
●書物に関する記事は、旧ブログからのサルベージもあります。



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